Report レバノン 写真家 石田昌隆 フェイルーズが「愛しのベイルート」と歌った街
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レバノンのベイルート。かつては中東のパリと呼ばれたモダンな街だった。ところが内戦が起こり、イスラエルに空爆され、街全体が廃墟のようになってしまう。そして戦後復興期を迎えた。フェイルーズは、すべての時代を見続けながら歌っていた。
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1989年は、ベルリンの壁の崩壊という歴史的転換が起こった年であり、個人的にも、生涯忘れられないものに集中的に出会った年だった。

この年に日本発売されたフェイルーズのアルバム『愛しのベイルート』(87年の“Maarifti Feek”に5曲加えたもの)で、フェイルーズの音楽に出会えたことも忘れられないことのひとつ。とりわけ表題曲の「愛しのベイルート(Li Beirut)」の素晴らしさにやられた。以来ぼくは、レバノンに行きたい病にかかった。しかし当時は、特別な理由がないかぎりヴィザの取得は難しかった。

初めてレバノンに行けたのが97年12月だったのは、いつのまにか簡単にヴィザが取得できるようになっていたことに加えて、冬場ならアエロフロートで日本から往復6万5000円で行けるようになっていたからだ。レバノンは風光明媚でとても美しい国。食べ物も中東で一番美味しいのではないか。イスラム教徒も戒律が緩く、人々は開放的だった。

フェイルーズはめったにコンサートをやらないので、2002年に再訪してフェイルーズの写真を撮れたのは、今にして思えばワン・チャンスだった。このあとレバノンからは若手の歌手が台頭してきて、ベイルートの風景は変化したのだった。

 

石田昌隆 

 

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